ことわざの世界は、ちょっとした動物園です。昔の人は身近な生き物の姿に人間社会を重ね、教訓を語ってきました。今回は動物が主役のことわざを6つ選び、その意味と由来をたどります。由来を知ると、何気なく使っていた言葉の風景がぐっと立体的になりますよ。

鶴の一声(つるのひとこえ)

大勢であれこれ議論してもまとまらなかった話が、権力者や実力者のたった一言であっさり決まってしまうこと。「社長の鶴の一声でプロジェクトが復活した」のように使います。鶴の鳴き声は甲高く、遠くまでよく響きます。雀たちのにぎやかなさえずり(つまらない者たちの騒がしい議論のたとえ)をかき消して響き渡る鶴の声、という対比から生まれた表現だという説があります。日本で鶴が長寿や高貴さの象徴とされてきたことも、この言葉の「格上感」を支えているのでしょう。

鳶が鷹を生む(とんびがたかをうむ)

ごく平凡な親から、飛び抜けて優れた子どもが生まれることのたとえです。鳶(とび・とんび)と鷹は同じタカの仲間で姿もよく似ていますが、昔から鷹は狩りの名手として武家に珍重された高貴な鳥、鳶は町の上空を舞ってあぶらげをさらう身近な鳥、と格の違うイメージで見られてきました。似た姿なのに扱いは大違い、という点がこのことわざの効き目です。謙遜して「うちは鳶が鷹を生んだようなもので」と親が使うのが定番ですが、逆に本人に向かって言うと親を平凡扱いすることになるので、使いどころには少し注意が必要です。

虎の威を借る狐(とらのいをかるきつね)

強い者の力を後ろ盾にして、偉そうに振る舞う小物のたとえです。これは中国の古典『戦国策』にある寓話が由来とされています。虎に捕まった狐が「私は天帝から百獣の王に任じられている。嘘だと思うなら私の後ろをついて歩いてみよ」と言い、虎が後ろを歩くと、動物たちは(実は虎を見て)逃げ出した。虎は「本当に狐は恐れられているのだ」と信じてしまった——という話です。2000年以上前の寓話が、今も「上司の名前を出して威張る人」への皮肉として現役なのですから、人間社会は変わらないものです。

豚に真珠

価値の分からない者に貴重なものを与えても無駄だ、という意味です。実はこれ、日本生まれではなく『新約聖書』の一節に由来する言葉です。「真珠を豚に投げてはならない」という教えが、明治以降の聖書翻訳とともに広まり、ことわざとして定着したとされています。和風の顔をして実は西洋出身、という経歴の持ち主なのです。

雀百まで踊り忘れず

幼いころに身についた習慣や道楽は、年を取っても直らない、という意味です。雀がぴょんぴょんと跳ねるように歩く姿を「踊り」に見立て、生涯その歩き方を変えないことにたとえています。もとは遊び癖などの悪習が抜けないことを戒める言葉で、良い習慣について使うのは本来の用法から外れる、とされることが多いので少し注意が必要です。

窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)

追い詰められた鼠は、天敵の猫にさえ噛みつく。弱い者でも、逃げ場を失えば強い者に反撃することがある、という意味です。中国の古典に由来するという説があり、昔から「弱者を追い詰めすぎるな」という処世訓として使われてきました。交渉ごとで相手を完全に追い込むと思わぬ反撃を招く、というビジネスの教訓としてもそのまま通用します。

動物ことわざは「観察の結晶」

こうして並べてみると、ことわざの中の動物たちは、実際の生態をよく観察した上でキャスティングされていることが分かります。よく響く鶴の声、雀の歩き方、追い詰められた鼠。昔の人々の観察眼が、短い言葉の中に凝縮されているのです。空を舞う鳶や道端の雀を見かけたら、ことわざを一つ思い出してみてください。


動物のことわざはまだまだたくさんあります。毎日1問のことわざパズル「ヒトコト推理」もどうぞ。