日本のことわざには、食べ物がよく登場します。冷蔵庫のない時代、食は今よりずっと切実な関心事でしたから、教訓を語るときの素材としても自然と食べ物が選ばれたのでしょう。今回は食べ物が出てくることわざを6つ、意味と由来、そして間違えやすいポイントとともに紹介します。
餅は餅屋(もちはもちや)
物事にはそれぞれ専門家がいて、素人が手を出すより専門家に任せるのが一番だ、という意味です。餅は家庭でもつけますが、やはり餅屋のついた餅の味にはかなわない、というわけです。上方(京都・大阪)のいろはかるたに収められて広まったとされています。「そこは餅は餅屋で、税理士さんにお願いしよう」のように、外注や依頼を提案するときに便利な言葉です。
絵に描いた餅(えにかいたもち)
どんなに見事に描かれていても、絵の餅は食べられない。つまり、実現性のない計画や、実際には役に立たないもののたとえです。中国の古典『三国志』に、皇帝が人材登用について「名声だけで人を選ぶのは、地面に餅を描いて眺めるようなものだ」と語った故事があり、これが由来とされています。ビジネスの場では「この事業計画、絵に描いた餅にならないよう数字を詰めましょう」のように使われ、計画倒れへの警鐘として今も現役です。
青菜に塩(あおなにしお)
元気だった人が、すっかりしょげて、しおれてしまう様子のたとえです。青菜に塩を振ると、水分が抜けてくたっとしおれることから来ています。理科でいう浸透圧の現象を、人間のしょんぼりした姿に重ねた、観察眼の光る表現です。「コンペに落ちて、彼は青菜に塩の状態だよ」のように使います。似た場面で「がっくり肩を落とす」とも言いますが、青菜に塩の方がどこか可笑しみがあって、深刻になりすぎないのが良いところです。
濡れ手で粟(ぬれてであわ)
濡れた手で粟(小さな穀物)をつかむと、粒がびっしりくっついてきます。そこから、苦労せずに多くの利益を得ることのたとえになりました。ここで注意したいのが表記です。「濡れ手で泡」と書くのは間違い。泡をつかんでも何も残りませんから、意味が成り立ちません。「あの投資で彼は濡れ手で粟の大儲けをした」のように、やや皮肉を込めて使われることが多い言葉です。
蓼食う虫も好き好き(たでくうむしもすきずき)
蓼は、噛むとぴりりと辛い植物です。そんな辛い葉をわざわざ好んで食べる虫もいることから、「人の好みは実にさまざまで、他人には理解できない好みもある」という意味になりました。他人の趣味や恋愛を「どうしてあれがいいんだろう」と思ったときに、批判ではなく「まあ、蓼食う虫も好き好きと言うからね」と受け流す。多様性の時代にむしろ再評価したい、懐の深いことわざです。
豆腐にかすがい
かすがいとは、材木と材木をつなぎとめるコの字型の金具のこと。柔らかい豆腐にかすがいを打ち込んでも、まったく手応えがなく効き目がないことから、「いくら意見をしても少しも効き目がないこと」のたとえです。「暖簾に腕押し」も同じ意味の仲間です。ちなみに「子はかすがい」という別のことわざでは、かすがいは夫婦をつなぎとめる存在として登場します。同じ金具が、あちらでは絆の象徴、こちらでは無力の象徴。道具ひとつでも使われ方はいろいろです。
食卓から生まれた知恵
餅、青菜、粟、蓼、豆腐。並べてみると、昔の日本の食卓がそのまま見えてくるようです。ことわざは、当時の暮らしを閉じ込めたタイムカプセルでもあります。今日の食事に出てきた食材のことわざを探してみると、面白い発見があるかもしれません。
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