秋は出かけるのが気持ちのいい季節です。とはいえ今の旅は、乗り換え案内が最短ルートを教えてくれて、迷うほうがむずかしい。一日じゅう歩き、日暮れまでに宿へ入れるかを気にしていた時代とは、まるで別ものです。
けれど、その時代の実感は言葉のなかに残りました。今回は、旅と道にまつわることわざ・慣用句を6つ紹介します。資料で確かめられた範囲と、確かめられなかった範囲を分けて書きました。
急がば回れ
急ぐときこそ、危険のある近道より、遠回りでも安全な道を選んだほうが結局は早い、という意味です。
もとになったのは「武士(もののふ)のやばせの舟は早くとも急がばまわれ瀬田の長橋」という和歌だとされています。舞台は琵琶湖。東国から京へ向かうとき、矢橋(現在の草津市)から舟で湖を横切れば近道でした。それでも、遠回りになる瀬田の唐橋(現在の大津市)を渡って陸を行くほうが着実だ——そういう歌です。舟のほうが危ういとされた理由は比叡山からの強風だと説明されることがありますが、その点は今回、一次資料を確認できませんでした。
作者については、国立国会図書館のレファレンス事例が、室町時代の和歌集『雲玉和歌抄』で平安後期の歌人・源俊頼の作とする資料と、江戸時代の咄本『醒睡笑』で室町時代の連歌師・宗長の歌とする資料の両方を紹介しています。今回確認した範囲では、いずれかに確定できませんでした。
つまりこのことわざの「回り道」は、たとえ話ではなく、地図の上に実在した道でした。
一里塚(いちりづか)
慶長9年(1604年)、徳川家康の命により、日本橋を起点として主要街道に築かれた塚です。三十六町を一里と定め、一里(約4キロメートル)ごとに設けられました。大きさは五間四方と記録され、塚には榎や松などが植えられました。
役割は距離の目安だけではありません。青森県の記録によれば、夏は涼を求め、冬は雪を避ける場ともなり、旅人に便宜を与えたとされています。距離を示す里程標であり、塚の木は夏の木陰や冬の雪よけにもなって、旅人の助けになりました。
今は「これは通過点にすぎない」という意味で「まだ一里塚だ」と使います。目的地ではないが、確かに進んだ証ではある。その語感は、当時の塚の役割そのままです。
旅は道連れ世は情け
旅は連れがいると心強い。同じように、世の中は思いやりがあってこそ渡っていける、という意味です。
前半と後半で話が飛ぶようですが、道連れの心強さと世間の思いやりを重ねた言い方だと考えると、つながって読めます。ただし、昔の旅の具体的な実態や、この言葉の成立時期までは、今回確認できませんでした。
可愛い子には旅をさせよ
子どもがかわいいなら、甘やかさず、外の世界で苦労させたほうがいい、という意味です。
今の「旅」の語感で読むと、ごほうびを与えているように聞こえてしまいます。ここでの「旅」は、外で経験や苦労をさせることのたとえで、観光のことではありません。いつ、どのような旅を背景に成立したかは、今回確認できなかったため断定しません。
道草を食う
目的地へ向かう途中で、関係のないことに時間を使うこと。
馬が道端の草を食べはじめて先へ進まなくなる様子に由来すると説明されることがあります。ただし、今回その成立を確認できる資料は特定できませんでした。 叱る言葉のわりに、どこか力の抜けた響きがあるのは確かです。
渡りに船
必要なときに、ちょうどよい助けが現れること。川を渡りたいときに舟が来る場面にたとえた表現です。
成立時期や、当時の渡し舟がどう運行されていたかは、今回確認できませんでした。
道が遠かった時代の言葉
回り道、塚、道連れ、道草、渡し舟。どれも、目的地まで自分の足で行くのがふつうだった時代の景色をとどめた言葉です。
そうやってできた言葉が、電車もカーナビもある今でも通じるのは、道のりの感覚そのものは変わっていないからでしょう。急いで失敗すること、寄り道してしまうこと、誰かに助けられること。移動が速くなっても、その中身はあまり変わっていないようです。
ことばの由来をたどるのが好きな方は、毎日1問のことわざパズル「ことばあて」もどうぞ。
出典
- 国立国会図書館「レファレンス協同データベース」事例「『急がば回れ』ということわざの語源を知りたい。」(和歌の本文、作者を源俊頼とする『雲玉和歌抄』の説と宗長とする『醒睡笑』の説、矢橋の渡し=現在の草津市・瀬田唐橋=現在の大津市という位置関係) https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000132194&page=ref_view (2026年8月12日 確認)
- 岡崎市「国指定:史跡 大平一里塚」(慶長9年〈1604〉に江戸幕府が五街道の制を定め、江戸日本橋を起点として街道の両側に一里ごとに塚を築いたこと、塚の大きさが五間四方であること) city.okazaki.lg.jp (2026年8月12日 確認)
- 青森県「一里塚」(慶長9年〈1604〉徳川家康の命によること、三十六町を一里と定めたこと、『当代記』に五間四方とあること、里程標であるとともに夏は涼を求め冬は雪を避ける手段ともなり旅人に便を与えたこと) pref.aomori.lg.jp (2026年8月12日 確認)
- ※ 「旅は道連れ世は情け」「可愛い子には旅をさせよ」「道草を食う」「渡りに船」の意味・用法は、国語辞典類に広く共通して記載されている範囲の説明にとどめています。特定の辞典の記述を引用したものではありません。
- ※ 「急がば回れ」の舟が危ういとされた理由(比叡山からの強風)については、確認できた範囲では一次資料を特定できませんでした。本文でも断定を避けています。(2026年8月28日 確認)
- ※ 「道草を食う」が馬の行動に由来するとする説、「渡りに船」の成立時期については、確認できた範囲では一次資料を特定できませんでした。本文でも断定を避けています。(2026年8月12日 確認)