備蓄の話をするとき、水と食料とトイレの話はよく出ます。ところが、お金の話はほとんど出てきません。

理由のひとつは、たぶん「お金は持っているから」だと思います。けれど、その「持っている」の中身が、この10年ほどで変わってきました。

経済産業省によると、2025年のキャッシュレス決済比率は、金額ベースの国内指標で58.0%(162.7兆円)でした。政府は将来的に80%を目指し、中間目標として「2030年までに国内指標で65%」を設定しています。

ただし、この58.0%は社会全体の決済額から算出した比率です。支払いの回数の58%という意味でも、国民の58%という意味でも、個々の人の財布の中身を示すものでもありません。 それでも、普段の支払いをキャッシュレスに頼っている人は、停電や通信障害に備えて別の支払手段も考えておくと安心です。

カードもスマホも、電気と通信の上に乗っている

カード決済もスマホ決済も、店の端末と、通信と、電気の上で動いています。停電、通信障害、店の端末停止などにより、キャッシュレス決済やATMが使えなくなる場合があります。

内閣府も、停電時にはスマートフォンやカードでの決済、ATMの利用ができなくなる可能性があるとして、小銭や千円札など細かい現金を少し持っておくことをすすめています。

ただし、現金なら必ず使えるわけでもありません。 停電や被害で店が開いていなければ、現金でも買えません。使える手段は被害や設備の状況によって変わります。現金は補助的な備えであって、水や食料、生活用品の家庭備蓄の代わりにはなりません。

小銭と千円札など、細かい現金も少し

備え方について、警視庁が具体的な方法を紹介しています。自動販売機や公衆電話などで小銭が必要になる場合に備え、財布や小銭入れには限界があるので、コインケースに金額ごとに分けておくという方法です。

ここは、条件を添えておきたいところです。

  • 自動販売機は、停電や故障で使えないことがあります。災害のときに必ず使えるものではありません。
  • 公衆電話も、いつも小銭が要るわけではありません。NTT東日本によると、110・118・119への緊急通報は硬貨もカードも不要です。災害時に無料化の措置がとられた場合も、機種によっては硬貨やカードが不要か、投入した硬貨・カードが通話後にそのまま戻ります。なお、停電時はテレホンカードを利用できません。

つまり「小銭がないと何もできない」ということではなく、小銭も千円札も、細かい現金が少しあると選択肢が増える、という話です。一万円札だけを何枚か用意しておくよりは、崩れている形のほうが使いやすい場面があります。

コインケースに分けておく方法は、防災の備えの中では、たぶんいちばん気軽に始められるものだと思います。

通帳と印鑑をなくしても、あきらめなくていい

もうひとつ、知っておくと安心できることがあります。

金融庁・財務局は、災害救助法が適用された災害等の被災者支援のため、金融機関に対して「金融上の措置」を要請しています。その要請事項の一つ目に、こう書かれています。

預金証書、通帳、届出の印鑑等を紛失した場合等でも、被災者等の被災状況等を踏まえた確認方法をもって預金者本人の申出であることを確認して払戻しに応ずること。

同じ要請には、事情によっては定期預金などの期限前払戻しに応じることも含まれています。

ただし、これはすべての災害・すべての店舗で、希望どおりの金額がすぐ払い戻されることを保証するものではありません。 金融庁自身が、要請事項は災害・被災状況等に応じて変更することがあると明記しています。実際の本人確認の方法、払戻しの可否や限度額、開いている店舗や受付時間は、災害と金融機関ごとに異なります。

それでも、「通帳を取りに戻らないと、お金が下ろせない」わけではないと知っているかどうかで、危険な場所へ戻る判断は変わります。

金融庁は、危機のときも生命・安全の確保を最優先に冷静な行動をと呼びかけています。通帳・印鑑・現金を取りに危険な自宅へ戻らないでください。まず避難し、安全が確保できてから、金融機関の公式案内を確認して相談します。

今日のうちにできること

  1. 家族に必要な支出を考え、小銭と千円札など細かい現金を、無理のない範囲で用意する
  2. 多額を一か所に置かず、盗難・紛失にも配慮して保管し、ときどき中身を確かめる
  3. 現金と一緒に、暗証番号を書いた紙を保管しない
  4. 「通帳や印鑑がなくても払い戻しの相談ができる」ことを、家族に一度伝えておく

金額に、全国一律の正解はありません。人数、持病、乳幼児の有無、交通手段によって必要な額は変わります。手元に小銭やコインケースがなければ、そこは用意するところから始めることになります。

備えの話は、どうしても「買い足す」方向に寄りがちです。お金の備えは、そこまで大きな買い物にはならない部類だと思います。


出典

  • 経済産業省「2025年のキャッシュレス決済比率を算出しました」(「2025年のキャッシュレス決済比率は堅調に上昇し、58.0%(162.7兆円)となりました」「将来的な目標(キャッシュレス決済比率80%)及び、キャッシュレス決済比率を2030年までに65%にするという中間目標」と記載。金額ベースの国内指標であること、比率の算出方法を確認。2026年9月8日 確認) meti.go.jp
  • 内閣府「それ、実は防災なんです。」(「キャッシュレスで便利な時代。でも停電時にはスマートフォンやカードでの決済、ATMの利用ができなくなる可能性も。小銭や千円札など細かい現金を少しもっておくと、いざという時の安心につながります」と記載。2026年9月8日 確認) bousai.go.jp
  • 警視庁「災害時は小銭が必要です」(「『小銭』は災害などの緊急時に必要になることがあります。特に自動販売機や公衆電話を使う時には、『小銭』が必要になります」「コインケースに金額毎に分けておくと便利です」と記載。2026年9月3日 確認) keishicho.metro.tokyo.lg.jp
  • NTT東日本「公衆電話の種類と利用方法」(緊急通報(110、118、119)のかけ方について「硬貨やカードは不要です」、災害発生時に発動した無料化措置について「通話終了後、硬貨またはカードはそのまま戻ります」、通常時について「停電時は、テレホンカードはご利用いただけません」と記載。2026年9月8日 確認) ntt-east.co.jp
  • 金融庁「災害等における被災者等支援について ― 金融上の措置要請 ―」(「金融庁・財務局においては、災害救助法が適用された災害等の被災者等支援のため」、措置要請事項として「預金証書、通帳、届出の印鑑等を紛失した場合等でも、被災者等の被災状況等を踏まえた確認方法をもって預金者本人の申出であることを確認して払戻しに応ずること」「事情によっては、定期預金、定期積金等の期限前払戻しに応ずること」、「※要請事項については、災害・被災状況等に応じて、変更することがあります」「危機時においても生命・安全の確保を最優先に冷静な行動をお願いいたします」と記載。2026年9月8日 確認) fsa.go.jp