防災の備えというと、水・食料・明かりが先に浮かびます。ところが、国が市町村向けに出している避難所の指針を読むと、想像よりずっと多くの行数が「衛生」に割かれています。

災害そのものが過ぎたあとにも、体調を崩す入り口が残るからです。

国が「備蓄しておくこと」に挙げているもの

内閣府の「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」は、市町村が平時から備えるものを列挙しています。そのひとつが、これです。

避難所の感染症予防のため、マスクや手指消毒液をはじめ、必要な備品等を備蓄しておくこと。

災害用トイレ、紙おむつ、生理用品と並んで、マスクと手指消毒液が名指しで挙がっている、ということです。避難生活では、それだけ感染症が現実的な心配ごとになります。

「流水で手洗いできない場合」が前提になっている

厚生労働省の「災害時における避難所での感染症対策」というページには、配って使うための資料が並んでいます。資料名を眺めるだけでも、現場の様子が伝わってきます。

  • 「流水で手洗いできない場合の手指消毒について」
  • 「手洗い手順リーフレット」
  • 「咳エチケットで感染症予防」
  • 「避難所内のトイレの衛生管理について」

注目したいのは1つめです。「流水で手洗いできない場合」が、はじめから想定されているのです。断水していれば、蛇口をひねって手を洗うという当たり前が成り立ちません。そのときに何を使うのかを、あらかじめ決めておく必要があります。

家庭では、まず手指用のアルコール消毒薬を、製品表示を確認して用意します。厚生労働省の資料が「流水で手洗いができない場合」にすすめているのは、この消毒薬です。

ウェットティッシュと使い捨て手袋は、これの代わりにはなりません。 ウェットティッシュは目に見える汚れを拭く補助、使い捨て手袋は汚れた物や排泄物などに触れる作業用と考えてください。そして、手袋を外したあとも手指衛生を行います。 手袋には細かい穴があいていたり、使っているうちに破れることもあり、外すときに手が汚れることもあるためです。

どれも普段から使うものなので、多めに買って使いながら回す(ローリングストック)と、期限切れで捨てる無駄が減ります。

ただし、置き場所と使い方に注意が要ります。消毒用アルコールは火気の近くで使わないこと、そして直射日光が当たる場所や高温になる場所に保管しないことが、消防庁と東京消防庁から示されています。蒸発した蒸気に引火するおそれがあるためです。避難生活ではカセットこんろや暖房器具を使う場面があります。容器の表示と使用方法も、買ったときに確かめておきましょう。

うがい・歯みがきが、健康の項目に入っている

厚生労働省は「避難所生活で健康に過ごすため、以下の点にご注意ください」として、8つの項目を挙げています。

  1. 水分・塩分補給をこまめに
  2. 手を清潔に
  3. 食中毒に注意
  4. 体の運動
  5. うがい・歯磨き
  6. 十分な睡眠・休息
  7. マスクを着用
  8. 薬で困っている場合は相談を

けがの手当てや持病の薬と並んで、うがい・歯磨きが健康を守る項目として入っているところが、この一覧の特徴です。水が貴重な場所では後回しにされがちですが、後回しにしてよいものとは扱われていません。

厚生労働省は「災害時のお口(くち)のお手入れについて」というページも設けていて、子ども向け・高齢者向けに分けた資料を配布しています。歯ブラシを1本、持ち出し袋に入れておく。それだけでも、選べる手が増えます。

なお、水が少ないときの具体的なみがき方については、確認できた範囲では、内容がPDF資料の中にあり、機械では読み取れませんでした。上記のページから原本をご確認ください。

靴を脱ぐことにも、理由がある

同じ指針には、避難所の運営について、こんな一文があります。

感染症防止のため、避難所は土足厳禁であることを徹底すること。

土足厳禁は、ゆかを汚さないための礼儀ではなく、感染症対策として書かれています。多くの人が同じ床に座り、寝る場所だからです。

さらに、この指針は2つのことを、別々に書き分けています。感染症を発症した人や、その疑いのある人には、専用のスペースまたは個室を確保することが適切であること。そして感染症等を発症した避難者には、専用トイレを確保することが適切であること。トイレのほうは「疑いのある人」までを対象として明記しているわけではありません。

避難所は「みんなで同じ場所にいる」だけの設計ではない、ということです。実際にどう案内されるか、どの経路を通るかは、避難所の運営者や保健・医療の担当者の指示に従ってください。

家で先に用意できるもの

以上を、家庭でできることに置き換えると、こうなります。

  • 手指用のアルコール消毒薬(流水が使えない場合に。製品表示に従って使い、火気の近くで使わない)
  • ウェットティッシュ(汚れを拭く補助。一般の製品を手指消毒薬の代わりにしない)
  • 使い捨て手袋(汚物処理などの作業用。手指衛生の代わりにしない)
  • マスク
  • 歯ブラシ(人数分。持ち出し袋にも)
  • 避難所の案内に合わせて使える室内履き(上履きなど)
  • ごみ袋(汚れたものを分けて入れる用)

どれも高価なものではなく、すでに家にあるものが多いはずです。足りないものだけ、買い物のついでに足せば済みます。

災害への備えというと大きな話になりがちですが、避難生活で効いてくるのは、手を洗う、歯をみがく、靴を脱ぐといった、ふだんの動作を続けられるかどうかです。国の指針がそこに行数を割いているのは、続けるのが難しいと分かっているからだと思います。

避難所の運営は市区町村ごとに違います。お住まいの地域の決まりは、市区町村の防災担当にご確認ください。


出典

  • 内閣府(防災担当)「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」平成25年8月(令和6年12月改定)(「避難所の感染症予防のため、マスクや手指消毒液をはじめ、必要な備品等を備蓄しておくこと。」、「感染症防止のため、避難所は土足厳禁であることを徹底すること。」を確認。あわせて、専用スペース・個室は「感染症を発症した避難者や疑いのある者の専用のスペースないし個室を確保することが適切であること。」、専用トイレは「感染症等を発症した避難者には、専用トイレを確保することが適切であること。」と、対象が書き分けられていることを確認。2026年8月21日 確認、2026年9月13日 再確認) bousai.go.jp
  • 厚生労働省「災害時における避難所での感染症対策」(掲載資料名「流水で手洗いできない場合の手指消毒について」「手洗い手順リーフレット」「咳エチケットで感染症予防」「避難所内のトイレの衛生管理について」。2026年8月21日 確認、2026年9月13日 再確認) mhlw.go.jp
  • 厚生労働省「流水で手洗いできない場合の手指消毒について」(上記ページ掲載の資料。「流水で手洗いができない場合に消毒薬を使用しましょう。」との記載、および食事前・調理前・トイレ使用後の手洗いの呼びかけを確認。2026年9月13日 確認) mhlw.go.jp
  • 厚生労働省が公開している手指衛生の資料(PDF。資料名は当社の環境では文字化けのため確定できませんでしたが、本文に「手袋を外したら必ず手指衛生を行う」「手袋装着のままでは、正しいタイミングで手指衛生ができません」「手袋には微細な穴があいていることや使用中に破れることもある」「手袋を外すときに手を汚染することがある」に相当する記載があることを確認。医療機関の職員に向けた内容を含みます。2026年9月13日 確認) mhlw.go.jp
  • 厚生労働省「避難所生活で健康に過ごすため、以下の点にご注意ください」(8項目の一覧。2026年8月21日 確認、2026年9月13日 再確認) mhlw.go.jp
  • 厚生労働省「災害時のお口(くち)のお手入れについて」(子ども向け・高齢者向けの資料を掲載。本文の詳細はPDF内にあり、こちらの環境では機械的に読み取れませんでした。2026年8月21日 確認) mhlw.go.jp
  • 総務省消防庁「消毒用アルコールの安全な取扱い等について」(令和2年3月18日 消防危第77号。「消毒用アルコールの使用に際して、火気の近くでは使用しないこと。」、消毒用アルコールは火気により引火しやすいこと、詰め替えた容器に「火気厳禁」等の注意事項を記載することを確認。2026年9月13日 確認) fdma.go.jp
  • 東京消防庁「消毒用アルコールは正しく取扱いましょう!」(「火気の近くでは使用しないようにしましょう。」、蒸発しやすく可燃性蒸気が発生するため火源があると引火するおそれがあること、「直射日光が当たる場所等、高温になる場所に保管しないよう」にすることを確認。2026年9月13日 確認) tfd.metro.tokyo.lg.jp