連日の猛暑、いかがお過ごしでしょうか。エアコンのなかった時代、人々は言葉の中に夏を閉じ込め、暑さと付き合う知恵を語り継いできました。今回は夏本番の今こそ味わいたい、暑さにまつわることわざを5つ紹介します。

飛んで火に入る夏の虫

夏の夜、灯りに引き寄せられた虫が、自分から火に飛び込んで身を焦がしてしまう。そこから、自分から進んで危険や災難の中に飛び込むことのたとえになりました。「その話を持ちかけるなんて、飛んで火に入る夏の虫だよ」のように使います。虫が光に向かう習性は「走光性」と呼ばれ、月明かりを頼りに飛ぶ習性が人工の灯りに狂わされるためという説があります。ことわざの裏に昆虫の生態が隠れている好例です。

心頭滅却すれば火もまた涼し

心の持ちようひとつで、火でさえ涼しく感じられる。つまり、無念無想の境地に至れば、どんな苦痛も苦にならない、という意味です。戦国時代、織田軍に寺を焼かれた快川(かいせん)和尚が、燃え盛る山門の上でこの言葉を唱えたと伝えられています(もとは中国の詩に由来するという説があります)。現代では「精神論で暑さは消えません、水分補給を」とツッコミを入れられがちな言葉ですが、由来を知ると軽々しく使えない重みがあります。

夏炉冬扇(かろとうせん)

夏の囲炉裏(いろり)と、冬の扇。どちらも季節外れで役に立たないことから、時機に合わない無用のもののたとえです。中国の古典に由来するという説があります。ビジネスの場なら「せっかくの企画も、時期を外せば夏炉冬扇になる」といった使い方ができます。面白いのは、俳人の松尾芭蕉が自らの俳諧を謙遜して「夏炉冬扇のごとし」と評したと伝わること。役に立たないからこそ風流である、という逆転の美意識も、この言葉には含まれています。

土用の丑の日(どようのうしのひ)

ことわざではありませんが、夏の言葉として外せません。土用は立秋前の約18日間、丑の日は十二支を日に割り当てた暦のこと。この日に鰻を食べる習慣は、江戸時代の発明家・平賀源内が、夏に売れない鰻屋のために「本日丑の日」という看板を書いてやったのが始まり、という説が有名です。真偽は定かではありませんが、もし本当なら日本広告史に残る名コピー。「丑の日だから鰻」と財布の紐がゆるむ私たちは、200年越しでその宣伝に乗せられているのかもしれません。

暑さ寒さも彼岸まで

厳しい残暑も秋の彼岸(9月下旬)のころには和らぎ、冬の寒さも春の彼岸のころには緩む、という気候の経験則です。猛暑の只中にいると信じがたい言葉ですが、「あと2か月の辛抱」と数えるための、昔の人の心の杖だったのでしょう。気象データで見てもおおむね理にかなった経験則とされ、先人の体感の確かさに驚かされます。

おまけ: 「油照り」という夏の言葉

ことわざではありませんが、夏の日本語として「油照り(あぶらでり)」も紹介させてください。薄曇りで風がなく、じりじりと蒸し暑い日のことです。肌がじっとり汗ばむ様子を、油を塗ったような照り方にたとえた言葉で、俳句では夏の季語にもなっています。天気予報の「蒸し暑いでしょう」を、たった三文字で言い切る表現力。昔の日本語の語彙の豊かさには驚かされます。

言葉で夏をやり過ごす

暑さそのものは消せなくても、言葉にすることで暑さとの距離は少し変わります。冷たい麦茶を片手に、夕方の打ち水のあとにでも、今日のことわざをひとつ思い出してみてください。言葉の引き出しが増えると、うだるような一日にも小さな楽しみが見つかります。


ことばで遊ぶ夏はいかがですか。毎日1問のことわざパズルヒトコト推理もどうぞ。