8月に入り、お盆の帰省の予定を立て始めた方も多いのではないでしょうか。実は「里帰り」にまつわる日本語には、江戸時代の働き方や信仰が色濃く残っています。渋滞情報を眺める前に、お盆と里帰りの言葉と風習を少しだけたどってみましょう。

藪入り(やぶいり)— 奉公人が実家へ帰れた日

江戸時代の商家などでは、住み込みで働く奉公人が自由に実家へ帰れる機会は、多くありませんでした。正月と盆に「藪入り」と呼ばれる休みがあり、奉公人が実家へ帰ったり、一日を過ごしたりできました。旧暦の1月16日・7月16日とされることが多い日です。地域によっては、嫁や婿が里帰りする日でもありました。由来には諸説あり、先祖を祭る日と奉公人の休日が結び付いたという見方のほか、16日が閻魔(えんま)の縁日にあたり「地獄の釜の蓋も開く」とされたこととの関係も指摘されています。ただ、はっきりしない点も残っています。数少ない帰省の機会を指折り数えた奉公人たちを思うと、現代の盆休みのありがたみが少し変わって見えませんか。

盆と正月が一緒に来たよう

うれしいことが重なること、または、てんてこ舞いの忙しさを表すことわざです。盆と正月は、どちらも準備に多くの手間がかかる大きな年中行事でした。その一方で、離れて暮らす家族や親族が集まる、喜ばしい時期でもあります。その二つが同時に来たら——と想像した言葉です。うれしさの最上級と忙しさの最上級が同居しているのがこの言葉の面白いところで、「注文が殺到して盆と正月が一緒に来たようだ」と言えば忙しさ、「孫の合格と退院が重なって」と言えば喜びになります。

帰省(きせい)— 「省」の字に込められた意味

「帰省ラッシュ」の「帰省」、なぜ「省」の字を使うのでしょうか。この「省」は「省みる(かえりみる)」、つまり安否を気づかうという意味です。帰省とは本来、ただ実家に帰ることではなく、故郷に帰って父母の様子を確かめ、気づかうこと。漢語の古い用法に由来する言葉です。渋滞にうんざりしたときは、この字の意味を思い出すと、少しだけ気持ちが変わるかもしれません。帰省とは、顔を見せることそのものが目的の旅なのです。

精霊馬(しょうりょううま)— きゅうりの馬、なすの牛

お盆の時期、きゅうりとなすに割り箸の脚を挿した飾りを見たことはありませんか。あれは「精霊馬」といって、ご先祖様の霊の乗り物です。来るときは足の速いきゅうりの馬で早く帰ってきてもらい、戻るときは歩みの遅いなすの牛でゆっくり帰ってもらう——そんな願いが込められているという説がよく知られています。地域によって風習や解釈は異なりますが、野菜の姿に馬や牛を重ね、祖先を迎え送る気持ちを表す——素朴でいて、よくできたお盆の風習です。

迎え火・送り火 — 帰り道を照らす言葉

お盆の始まりに焚くのが「迎え火」、終わりに焚くのが「送り火」です。ご先祖様の霊が迷わず家に帰って来られるよう目印の火を焚き、帰りはその火で送り出す。京都の夏の風物詩「五山送り火」も、お盆に祖先の精霊を送る宗教行事です。8月16日の夜、「大文字」「妙・法」「船形」「左大文字」「鳥居形」が順に灯されます。起源には空海説、足利義政説などいくつもの説があり、はっきりしていません。「送り火が済むと夏が終わる」と言われるように、この言葉は季節の区切りの合図でもあります。

里帰りは言葉のタイムカプセル

藪入りの奉公人、盆と正月を待ちわびた子どもたち、親を省みる旅。里帰りの言葉には、家族と離れて働く人々の何百年分の気持ちが詰まっています。今年のお盆、帰省先でこんな話を披露すれば、食卓がちょっと盛り上がるかもしれません。


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出典

  • 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「明治改暦より前における休日に関する習慣や制度に関する資料」(提供館: 神奈川県立図書館。「小僧が休日で親元に帰ることができたのは、正月と盆の『藪入り』の日のみだった」と記載。2026年7月30日 確認) https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?page=ref_view&id=1000203090

  • 政府広報オンライン「お盆」 gov-online.go.jp

  • 京都市公式 京都観光Navi「京都五山送り火『深く知る』」 ja.kyoto.travel

  • ※ 各語の意味・用法は、国語辞典類に広く共通して記載されている範囲の説明にとどめています。特定の辞典の記述を引用したものではありません。

  • ※ 藪入りの由来、精霊馬の意味づけには諸説あり、本文でも断定を避けています。(2026年7月30日 確認)